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ポルカドットスティングレイ

\ドットイズノットファッキンデッ!/

握手会での鍵閉めについて

久々のブログになりますね。

 

最近握手会で鍵閉めについて話題になってるようですね。

f:id:Rio_l_tragic:20170121233201j:image

 

あるヲタさんが

  • 推しのレーンが明らかに過疎っているのに見て見ぬフリをして「鍵閉めしたい」というしょーもない理由のためにレーンに並ばないって推しをいじめている。
  • 券を買ったらその分しっかりと責任を持つべきだ。
  • メンバーもバカではない。見抜かれていると。

 

とそのようなツイートをお見かけまして(知り合いの方ではないので元のツイートをこちらにそのまま引用するのは控えさせていただきます。)

私なりに鍵閉めについての

考えをこちらに一部でありますが書かせていただきます。

 

鍵閉めには良い面と悪い面があると思います。

[良い点]

  • 覚えられやすい(これは学問的にも証明されているらしい)
  • 後ろに握手する人が控えていないためアイドルからメディアや他の人の前では言えない事を聞ける可能性がある。
  • 握手会の終わりの去り際の表情が見れ鍵閉めした人の会話に対してどう思ったかなんとなくわかり、又その日のメンバーの体調がよくわかったりして次の握手でどのような事を話せばより興味を持ってもらえるのか逆にどんな話をしたらアイドルに「うわっだるっ」って思われてるのかが分かり、次に繋がる事が出来る

 

[悪い点]

  • 鍵閉めは時として握手時間外で行われアイドルの負担になる場合も
  • アイドル によっては鍵締めを嫌がる方も
  • 覚えられやすいという事をヲタクが悪用して覚えられたいが為に鍵閉めする場合も
  • ヲタクの鍵閉め争いが始まる…

etc...

 

皆さんが思う嫌いな鍵閉めとは

「認知厨が認知されたいが為に鍵閉めしようというヲタク」

そしてそれで起こる「誰が鍵閉めするかヲタク同士争いが起こる」

などの理由で嫌がってるのでははないでしょうか。

それで鍵閉めを行う人々全員を嫌いになったら叩くのは違うと私は思います。

 

また、「過疎ってるのになんでみんな行かないんだ!アイドルが可哀想じゃないか!」と思われる方々のお気持ちは物凄い分かります(実際自分が通ってる推しが常時そのような状態ですので…)

 

ですが、

私の経験で

ある握手会で推しのレーンに誰もレーンに並んでなかったのです。

そして…

「過疎ってるから!寂しがらせないようにみんなループしよう」と言ってループしまくってみんな券がなくなり、

「誰もまとめる人がいない!鍵閉めがいない!」となって握手終了時間やレーン受付終了や握手スペース入場締め切りと共に

ブースから去っていく推しの姿を見るとこれも中々寂しいものがあります。

「過疎ってるからループしなきゃダメ!!!!」これも分かります。

でも…鍵閉めやまとめがいないで終わって控え室に戻るメンバーさんの背中を見て皆さんはどう感じるでしょう…

僕は「最後の一枚は結果的に鍵閉めになってしまってもいいから誰もまとめや鍵閉めがいなく運営のアナウンスの「○○さんレーン終了になります」のアナウンスと共にメンバーが控え室に寂しそうに帰っていくのは何としても防ぎたい」と思いました…

 

皆さんはどうお考えでしょうか…

これらは僕の考えの一部ですが

結局こういうのはループとまとめや鍵閉めのバランスをとっていくべきではないかなと…

 

非常に厚かましいながら「鍵閉めとはなんだろうか?」皆様もう一度考え直してもありなのではないのかな…なんて思いました…

それでは失礼いたします。

 

「乃木坂46らしさ」とは何だろう?

クリライですね。

もうすぐ。

メンバーの皆さんがどんなパフォーマンスをするのか楽しみにしております。

僕個人はみり愛が去年ライブ中に階段でコケたのでそれがすごい心配だったりしております(´-ω-`)大丈夫かなぁみり愛の奴、心配だなぁ…

 

では本題に入りましょう(・`ω´・)b

 

以前乃木坂46関連のまとめブログさんの1つ「ぐるぐるのぎざか」さん(ぐるのぎ)で

インタビューを受けた時にぐるのぎさんから

「乃木坂らしさとは」

f:id:Rio_l_tragic:20161205164943j:image

と聞かれたので

当時僕が答えた内容をより詳しく、僕なりの考えで再び書いていこうと…

 そして「乃木坂らしさ」を誰が決めているのかなんかも自分の考えですが書いていこうと思います。

 ちなみにその当時のインタビュー記事はこちらです╭( ・ㅂ・)وグッ

↓↓

のぎおた46!第7回(ゲスト:れおロリドットンさん) | ぐるのぎ

 

乃木の曲の歌詞ってすごい暗いと思うんですよ。48グループと比べて。

 その中の特に「痛み」だったりそういうダークなのを前に押し出してくるのが乃木の曲らしいというのが僕の考えの中にあって。

(のぎおた46!第7回(ゲスト:れおロリドットンさん))(ぐるのぎさんより)

 僕なりに48の曲は

切ない歌詞×ポップな明るい曲調のものが多かったりするんじゃないかと思います。歌詞も割とクラスの中心にいるような男女・THE高校生orTHE大学生の切ない恋愛模様が歌詞が描かれてたりするんじゃないかと思うんです。

曲もそこまで挑戦的ではないというかある程度地盤が固まってるジャンル(特にポップス)でより聞きやすさに重きを置いたものになってるように思います。

それなのに乃木坂46

切ない歌詞×決して明るくはない曲でよりダークな部分を強調させてると思うんですよね。

 しかも歌詞はクラスの中心にいる男女・THE 高校生・THE 大学生な人達を主人公にしてる歌詞ってすごい少ないと思うんですよね。

  • クラスやグループでも端っこにいる人達
  • いじめられた経験を持つ人たち
  • 元々引っ込み思案で前に中々出れない人達
  • いわゆる病んでる人達。

 そんな人達を中心に歌詞は展開していってて、そんな経験を持つ人たちだからこそ抱える問題だったり考えられる言葉だったり考えだったり(この辺りをしっかり考えて歌詞に出来る秋元康さんってすごいと思う)があるんだと思います。 そこの主人公たちが抱えるものは

  • 痛み
  • 不安
  • 迷い
  • 孤独
  • 後悔  
  • 社会と自分のズレ
  • etc…

このような暗いもの・人の陰になるものが歌詞となる大きなテーマになる曲が多いんだと感じます。

 曲に関しては48より暗い曲調や切なさが哀愁より前に出てる曲が多いように感じてます(僕個人はですが)

そして乃木坂の曲はストリングス(バイオリオンとかああいうのでいいんだと思う)やアコースティックギター・キーボード・ピアノなどを多用してるように思います。

これはNHK亀田誠治がJ-POPのヒット曲を分析するテレビ番組『亀田音楽専門学校 SEASON 3』(NHK Eテレ)。1月22日放送分で亀田誠治さん・小林武史さんのVTRで

小林さん「魂とか感情を後から押していくっていう感覚があった・切なさや開放感をもっと押し出すことができる」

亀田さん「日本人ってどこかロックで『切ないが前に行くよ』っていうのが好き。心をギュって掴むみたいに、切ないが気持ちいいみたいな。(ストリングスは)民族としての郷愁感がある」

(テレビ番組『亀田音楽専門学校 SEASON 3』(NHK Eテレ)。1月22日放送分

と話されていらっしゃってそのような楽器を多用するからこそ(多分打ち込みなんだろうけど)哀愁や切なさがきわだつのではないでしょうか?

そして曲は48より少し挑戦的なことをしてるんじゃないかなと思います。

例えば「コウモリよ」だったり(最初聞いた時メタルバンドのドラゴンフォースソナタアークティカ?なんて思いました)

あとは「ハルジオンが咲く頃」のストリングスからのエレクトロ系の電子音がどんどん増えて行く。

Akira Sunset on Twitter: "【本日リリース】 乃木坂46 14thシングル 「ハルジオンが咲く頃」 リリースです! 総勢20名によるストリングスと EDMのマッシュアップ。 13thに引き続きAkira SunsetとAPAZZIコンビ。 深川さん卒業おめでとうございます!! #乃木坂46"

Akira sunsetさんが仰るように挑戦した楽曲だったんだと思います。(僕は色々入りすぎてお腹いっぱいになってしまいましたが())

 

皆さんは乃木坂に関して「お嬢様女子校」のイメージなんだろうけど、僕は違くて「お嬢様女子校の決して一人ぼっちではないんだけど実はどこか心にダークな部分がある子達」っていうのがなんとなーくのイメージ。

その子たちが自分を表現しきれる場所それが「乃木坂46のステージ」なんじゃないかなと思っています。

(のぎおた46!第7回(ゲスト:れおロリドットンさん))(ぐるのぎさんより)

フランスの女学生みたいなコンセプトがあると思うんですがその中でもフランスの映画「エコール(原題がイノセント)」

f:id:Rio_l_tragic:20161205161443j:image

のようなものはあるんだと思います。

そこプラス、先述の歌詞に出てきたような子達のような魅力や何かを抱えてる子達。現にいじめられたり何かしら問題を抱えた人達が多いように思えます。

その子達の痛みやダークな部分を増幅させる楽曲。そしてそれを昇華するために彼女たちが選んだ又は選ばれた場所が「乃木坂46のステージ」だったのではないかなぁなんて思います(´-ω-`)

 

僕が乃木坂を体現するのは星野みなみそして生駒里奈さん又は西野七瀬さん。


星野みなみさんに関して

f:id:Rio_l_tragic:20161205164957j:image

なんかパフォーマンスを見てると「見てる人の心の奥の傷をえぐってくる」感じがして、みなみちゃんちっちゃい頃なんかすごい嫌な思い?というか、そういうのができるようになった何かを体験したのかなってぐらいの勢いで。(それで毎回みなみちゃんのパフォーマンス見てると涙が止まらないのですが)

曲に自分のオーラとか感情をリンクさせるのが、無意識なのかもしれないけど上手いのかもしれませんね。彼女は。それがなーんか乃木らしいなと。

(のぎおた46!第7回(ゲスト:れおロリドットンさん))(ぐるのぎさんより)

なんで書いてありますが

 

生駒里奈さんに関して

f:id:Rio_l_tragic:20161205165004j:image

彼女も暗いバックグラウンドを持つ1人だと思います。それがあってかより楽曲に感情を乗せることに関してめちゃくそすごいのかな。と思います。

本当にエモーショナルに激情的にお客さんに何かを届けようとするのが人一倍すごいんだと思います。お客さんに「届け!!!」と何かを届かさようと必死な姿。

そしてその何かが僕らに届いてるのではないでしょうか?

そうじゃないと2015年のツアーでの太陽ノック前の生駒さんのセリフに皆さん反応していないのではないかなと思います。

それが乃木ヲタがいう「エモい」を多用する1つの要因ではないかと思います。(勝手におもってます)

 

西野七瀬さんに関しては

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「気づいたら片想い」や

「命は美しい」の雰囲気や表情

f:id:Rio_l_tragic:20161205163233j:image

いつもの表情からのキリッとした表情。

色んな方々が儚さや刹那を感じたんじゃないかななんて思います。

こんな所から乃木坂らしさなんて感じるのではないかななんて思います。


皆様はいかがでしょうか?

やはり「乃木坂46らしさ」というのは儚さ・切なさなんでしょうか? もしかしたらぼくがまだ気づいていない乃木坂らしさはあるかもしれません。そして皆様も気づいてない乃木坂らしさってあるのかもしれませんね(´-ω-`)


去年の夏のツアーで「乃木坂らしさ」をテーマにツアーを回ってたと思います。

夏ツアーで「乃木坂らしさ」を上のメンバーだけでなくまだ自己を形成できていない、「自分らしさ」さえ見つけてられていないメンバーにも突きつける運営や演出には憤慨しております。

「乃木坂らしさ」よりまず「自分らしさ」のヒントでも見つけないと、余計にわかんなくなるんじゃないかなーなんて思ってます。

(のぎおた46!第7回(ゲスト:れおロリドットンさん))(ぐるのぎさんより)

なんて以前のインタビューで答えさせて頂きました。今はどうなんでしょうか?

僕個人の考えですが、まだ彼女達は人気に自分が追いついていない。彼女達はまだ地に足がついていなくて川の流れに流されてっぱさなしがしております。そこでメンバー達がよくわからないままあれよあれよいってしまったらその後はどうなるのだろう。と 思います。

皆様はどうでしょうか?

 

乃木坂らしさは誰が決めるか?

 

ここまで僕なりの外野から見たら「1人のヲタク」の乃木坂らしさについて考えて参りました。

 では乃木坂らしさは誰が決めるのでしょうか?

メンバー達の皆さん?僕らファンやヲタク?運営?

僕は全て違うと思っております。

僕は「乃木坂らしさを決めるのはヲタク以外ファン以外のファンではない外野の人たち」ではないだろうかと思います。

例えばSKE48。栄のヲタさんをやったことある方々以外の方のSKEのイメージは「ダンスがライブが凄い」ではないでしょうか?NMBだったら「お笑い」だったり、そんなようなものなんだと思います。

      と   す  る   と

今乃木坂らしさで一番近いものは

一般の人たちが乃木坂をイメージするとき出てくる「可愛い・綺麗・モデルさん人達の集まり」が今の「乃木坂らしさ」になるのではないのでしょうか?

 

皆様はどうお考えでしょうか?

 

それでは失礼致します。

クリライ楽しみましょう╭( ・ㅂ・)وグッ

みり愛頼むから怪我なくライブを楽しんでくれ()

(何か訂正して欲しいところがあればおっしゃってください私自身まだ無知な方なので…ご容赦よろしくお願いします) 

握手会でのまとめ出しについて

久々のブログの更新になりました。

お久しぶりです。

以前ツイッター


こんな事を

ツイートしたので

握手会でのまとめ出しについて僕の考えを書こうと思います╭( ・ㅂ・)وグッ

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僕は以前から「枚数より内容の濃さが重要」と申し上げてると思います。握手券をいっぱいとってそれを写メって「○○ちゃんの券を○○○枚とった(๑• ̀д•́ )✧+°ドヤッ」はやっぱり違うなぁと思ってしまうんです(´・ω・)

 でも枚数が沢山あること自体は決して悪じゃないと思います。

枚数が沢山あると…

・話題の幅が広げられる

・話題を深く掘り下げられる

・メンバーも時間があるためちゃんと考えながら答えられる

なんてことがある

なんて思います。

 だから「握手券をいっぱい取るな」とは思いません(´・ω・`)

枚数があれば本当に色んな話を聞けます。

その反面、新規さんがいきなり100枚買っていきなり100枚出ししてもそんなに聞けない事は多々あると思います。

それは「初対面の人には誰でも警戒してちゃんと思ってる事を話さない。無意識に警戒して喋る」のがあるからだと思うんです。皆様も初対面で喋る方に自分が本音で思ってる事を言うのは怖さがありませんか?それと同じだと思うんです。

 ちゃんと今まで積み上げてきた信頼関係とかがあってやっと出来る事だと思うんです。お互いに馬があって出来る事だと思っております。


握手会でまとめで喋る内容は僕は

・ライブや雑誌などを見て良かった部分をどの場面がどう良かったか具体的に明確に伝える。

・悪い部分は否定せず「○ちょっとここはこうだったように見えたんだけど○○ちゃんはどう思う?」と理由を聞いてみる。聞いて解決策がありそうなら「ならこうはどうかな?」お提案してみる(基本的に押し付けない・こうした方がいいと思うみたいな系統の言葉は口にしない)

・ブログ/モバメ/雑誌でのインタビューで「この部分は何故そう思ったのか」気になる点があったら聞いてみる、もし言語化出来ていない場合は言語化出来るように意見を出し合う。

・煽る

・他の人に言えない話を聞き受容する(否定・拒否はしない)

・愚痴を聞く

・私自身も誰にも言えない事を聞いてもらう(本当に稀に行ってます)

が基本になっております(私は一枚の時はめちゃくそふざけてます)

 まとめ出しでの会話でふざけるのはなんか好きじゃなくて建て前で話すのもそんなに好きじゃないので、出来る限り本音で思う事を話すように心がけております(当然その中でも相手に敬意を払って、配慮もしますが)

ふざけるのはいいんでしょうけどお互いに有意義な時間を過ごしたいですし、こちらが投げかけた話題に関してちゃんと考えて欲しいので…ふざけてるのは僕は一枚出し時だけで十分だと思うので。


あとまとめ出しの時の僕の勝手なルールとしては

・アイドルとしてではなく一人の人間として扱いその中でも最大限に敬意を払う事

・口調や声のトーンを変える。落とす。

・ずっと握手しないで手を離す(お互いにフリーになり身振り・手振りが出来るようになりお互いにより相手に考えを伝えられるようになる)

・表情に細かく注意を払う(しっかり見てると向こうの感情が言わなくても読み取れる)

・後ろに知り合いにいてもらい第三者から見たメンバーの反応を見てもらいその後どうだったか確認する。

 なっております…


 そして、まとめ出しして言った事、聞いた事、言われた事の中で「こりゃツイート出来ないなぁ・他の人に言えないな」なんて事はあるんだと思うんです。

その反面まとめ出しする時は「雑誌やテレビなどのメディアでは聞けない、メンバーの考えを聞ける時」だと思っております。

そしてそんなメンバーの考え方を聞けた場は

その握手レポを載せるべきだと思うんです。

それでヲタクは「○○ちゃんはこう考えているのか」・「○○ちゃんはこれがやりたいのか。ならそこをもっと見ていこう」なんてヲタクがどうやって応援すればいいのかの方向性を打ち出す事にもあると思うので。


皆さまどうでしょうか?様々な形があると思いますが私はこのような考えでございます…私自身はみり愛にいつもいじめられてたり、お互いに本音言えない方なのでアレなのですが()


「好き」と言うこと。

僕は本音を言うのが苦手だ。


それと何と言っても

   恥  ず  か  し  い

だから「好き」とは言いません。

「愛してる」などもってのほかなのです。


あと、みなさま例えば、会社の同僚とか学校の同級生に

「好き」とか「可愛い」って言いますか?言いませんよね?

僕が言わないのはそれと同じようなものもあるのです。


よくメンバーさんに「好き」と言ってる方々がいらっしゃいますが

僕はどうしても言えません…それは前述に書いたこともそうなのですが、

「好き」の安売りをしたくないのです。本当に重要な時に言いたいんですよ。だから言いません。

それにメンバーさんみんな「好き」と言われ慣れすぎてその言葉の信用の薄さを知ってしまってるような気もしてるので。

 ただ、言わないだけでは「自分が○○ちゃんのことが好き」というのは伝わりません。どれだけ好きなのか伝わりません。

ここであるバンドマン

は言いました。

「 行  動  だ  け  が  全  て  」

と…

そうなのです。

言葉で言うのが恥ずかしいし、みんなと同じなら…



と。

皆さんもやられてみては?

好きな子が喜ぶ顔嬉しそう顔を想像しながら、はたまた驚く顔を想像しながら色々と行動するのはかすごい楽しいものですし。

そこに集中できるので他の不安は消え去ります(結構マジ)


ただ、僕みたいに「思ってる事と逆の事を言う」のはおやめください…下手したら逆に嫌われます…


それでは…


渡辺みり愛の画像で蘭世がいない事について(考察)

渡辺みり愛さんのこの画像についてf:id:Rio_l_tragic:20160624115519j:plain

私の考えを何個か(本当はツイッターやここに書きたくないのだが…)


一つ、

彼女はワキチラや胸チラを隠す事が多い(これチラしてないから隠す必要はないため)


一つの例としては

こちらをご覧頂こう

こちらは

みり愛/中元さん/寺田さん

に3人のグラビアの時のオフショット時の画像である(多分元は同じもの)

こちらはみり愛さんのブログでの画像であるf:id:Rio_l_tragic:20160624121058j:plain


BOMB編集部さんの画像はこちら(BOMB編集部さんすみません)f:id:Rio_l_tragic:20160624121240j:plain


つまり運営的には「出してもok」なのであるが

みり愛さんはスタンプで隠した。


このような例からみり愛がたまに変に隠しすぎたりやりすぎてしまう所があるのがお分かりいただけるであろうか?

彼女は変な時に真面目な時はあるのて…

このような画像はみり愛のブログやモバメをご覧頂ければちょくちょく出てくる。

(モバメでは変に衣装を隠したり(他のメンバーは隠してなかったのに)


もう一つ。

このような公のところでもし、

寺田さんと不仲であってもここまであからさまな事をするかどうか疑問である。という事である。


1度、北野さん、寺田さん、みり愛で

全握レーンが組まれ

後半は北野さんの体調不良のために

寺田さんとみり愛という組み合わせになった事があるのは覚えていらっしゃるだろうか。

私の主観ではあそこの空気感は

「仲が悪い雰囲気」というのはほとんど皆無だったように感じる。

(休憩から戻ってくる時に1度2人でふざけながらくる時もあった覚えがある)


三つ目、

みり愛のブログでその画像が上がった後、モバメで10時ごろには4人の画像を送っているのである。

それに対して寺田さんの4人が入ってる画像があるブログが上がったのは12時ごろ。

この

みり愛ブログ

みり愛モバメ

寺田さんブログ


この順番を考えて皆様には考えて頂きたい。


仲は良くはないのかもしれないが

私の主観では意識してないとは言わないというのが私の考えではあるが…


それを簡単に「みり愛と蘭世は不仲」というツイートを上げるのは

如何なものか。


真実は本人たちの中にあるので直接聞くしかないのだが.


決めつけるのはどうなのであろうか?


これらの要因を考えて皆様には考えて頂きたい(偉そうでごめんなさい)


渡辺みり愛の個人PV「わたしのみかた」を見て感じた事(ネタバレはある)

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私的な雨や傘への考えは
暗いもので
雨は負の感情を表すもので
それを耐え凌ぐための傘という考えである。
また外部からのものは傘で防げても
内部的なものは防げない
そんなイメージである。

ご覧になった方々はわかると思うが
こちらの「わたしのみかた」は
もっと温かいものである。

私は「わたしのみかた」の題名については
お母さんつまり子どもの親は味方。
そして
みり愛「私が雨を眺めている時亡くなったお母さんを思い出すの?と聞かれて〜」の部分から
みり愛「雨は私の味方だ」のセリフで理解できる。
雨は元々彼女を落ち着かせるものであり、ある種お母さん代わりということだからである。

雨が止んでしまう描写が凄い当たり前の描写なのかもしれないが
私は好きである。
葉っぱから垂れ落ちる雨。
太陽が差してくる感じ。


最後にみり愛「雨は私の味方」と言って終わるが
これは雨はお母さん代わりのようなものであり、それを見ると落ち着き。
またお姉さんに会うために必要な要素だからなのではなかろうか。

これは考察に過ぎないのかもしれないが 
みり愛が「……お姉ちゃん…散歩行かない?」の時少し目が潤んでるように見えるのがわかると思う。
これは雨が止んでしまったら自分が消えてしまうのが分かってるから…なのかもしれない。
Ghost in the rain。
これがこの作品のキャッチフレーズというかこの作品のあらすじなのではなかろうか?

みり愛が
最初の歌を歌う前に負の感情を抱いた時にする癖が少しであるが出てて「これわかる人いるかな?」レベルではあるがしっかり表現しようとしてて良かったとは思う。

前回のロールに比べ「この子はこう」というようなものは具体的に主張出来てないものの
作品としてはいいなと感じてるし
みり愛がやりたいことの一つ「演技」に関しても凄いいいと思う。
監督さんのドヤ顔が目に浮かぶのが少し悔しいところではあるが笑

渡辺みり愛の個人PV「わたしのみかた」を見て感じた事(ネタバレはある)

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私的な雨や傘への考えは
暗いもので
雨は負の感情を表すもので
それを耐え凌ぐための傘という考えである。
また外部からのものは傘で防げても
内部的なものは防げない
そんなイメージである。

ご覧になった方々はわかると思うが
こちらの「わたしのみかた」は
もっと温かいものである。

私は「わたしのみかた」の題名については
お母さんつまり子どもの親は味方。
そして
みり愛「私が雨を眺めている時亡くなったお母さんを思い出すの?と聞かれて〜」の部分から
みり愛「雨は私の味方だ」のセリフで理解できる。
雨は元々彼女を落ち着かせるものであり、ある種お母さん代わりということだからである。

雨が止んでしまう描写が凄い当たり前の描写なのかもしれないが
私は好きである。
葉っぱから垂れ落ちる雨。
太陽が差してくる感じ。


最後にみり愛「雨は私の味方」と言って終わるが
これは雨はお母さん代わりのようなものであり、それを見ると落ち着き。
またお姉さんに会うために必要な要素だからなのではなかろうか。

これは考察に過ぎないのかもしれないが 
みり愛が「……お姉ちゃん…散歩行かない?」の時少し目が潤んでるように見えるのがわかると思う。
これは雨が止んでしまったら自分が消えてしまうのが分かってるから…なのかもしれない。
Ghost in the rain。
これがこの作品のキャッチフレーズというかこの作品のあらすじなのではなかろうか?

みり愛が
最初の歌を歌う前に負の感情を抱いた時にする癖が少しであるが出てて「これわかる人いるかな?」レベルではあるがしっかり表現しようとしてて良かったとは思う。

前回のロールに比べ「この子はこう」というようなものは具体的に主張出来てないものの
作品としてはいいなと感じてるし
みり愛がやりたいことの一つ「演技」に関しても凄いいいと思う。
監督さんのドヤ顔が目に浮かぶのが少し悔しいところではあるが笑